さいこーな初めて

 温泉旅行優待券、なんてものをもらってしまった。まさか商店街にある馴染みの店で、こんなものをもらうなんて思ってなかった。さてどうしよう、なんて片手に持ったそれを眺める。
「ファクル、おんせんってなに?」
「あら、サラは温泉に入ったことなかったの? 温泉っていうのは――みんなで入る大きなお風呂ってところかしら」
「おおきな、おふろ……! ファクルといっしょに、入ってみたい、な」
 斜め下、大きな一つ目がキラキラと輝いている。引っ込み思案なサラの、珍しいおねだり。珍しくなくとも出来るだけ叶えてあげたい。叶えてあげたい、が……。
「それはちょっと難しいわねえ……」
 ガーン、という記号がはっきりとサラの後ろに見えた。そんな悲しそうな顔はさせたくないし、叶えてあげたいのも山々だけども。
「男女が一緒のお風呂っていうのもねえ……よろしくないというか……」
 サラの年齢ならギリギリ男湯も許されるかもしれないが、そもそもの関係性というものがある。兄妹ならまだしも、人間と単眼族ではどうやったって兄妹とは言い張れない。そんな状態で男湯に連れ込んだら最早事案だ。それに、なんだか他の男どもがいるところに無防備なサラを連れていくことは……したくない。想像しただけで嫌な気分になってくる。
 だからといって女湯ではファクルが捕まる。速攻でアウトだ。警察に連れていかれてしまう。
 混浴ならセーフだろうが……優待券が使える温泉地に混浴はなかったはずだ。
 とはいえ、どうにかしてあげたい。ものすごーく落ち込んでいるサラのためにも、どうにかして一緒に温泉に入ってあげたい。でも難しい。どうすれば――。
「あ」
 一つだけ、あった。
 サラのお願いとはちょっと違うかもしれない、それでも一緒に入れる『温泉』が。
「一緒に入れる温泉、あったわ。ちょっと違うかもしれないけど、ゆっくり入れるわよ」
 ぱああっ、と表情が輝いたサラはやっぱりどんな形でも願いを叶えてあげたくなる可愛さだった。

 正直なところこれは違うと怒られるのではないかという心配もあったのだが、サラはふにゃふにゃな笑顔で満足そうだ。
(良かった、足湯なんてほとんど誤魔化しでしかないと思ったけど)
 源泉かけ流し、なんて看板が立っている足湯に二人で浸かっている。ぱしゃぱしゃと足で遊んでいるあたり、年相応に楽しんでいるようだった。
「あ、そうそう。溶けきる前に食べちゃいましょう、アイス」
「うん!」
 あら、いいお返事。サラの好きなバニラアイスの入った器を渡してやる。足湯に浸かりながらアイスとは、なかなかに贅沢な気がする。あ、ここのアイス、かなり美味しいじゃない。
 サラを見れば、周りに花でも飛んでいるのではないかと思うほどにご機嫌で。
「サラ。温泉、どうかしら?」
 サラはふにゃふにゃな笑顔をさらに緩ませて、
「温泉、さいこー!」

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